史跡名所案内-浅沢稲荷神社 【浅沢111】
■■案内板■■ ≪浅沢稲荷神社御由緒≫
【所在地:浅沢111】
御祭神 稲蒼魂命
保食命
二柱の御神徳
稲蒼魂命
食物の神さま、ことに稲の霊とされる。
保食命
食物を司る神さま。稲、粟、稗、麦、豆などを自ら生み出したと言われている。
鎮座地 花巻市浅沢一一一 - 八一
鎮座日(鳥海神社境内地) 大正十四年十一月十九日
(現在地) 昭和七年旧三月十九日
例祭日 九月五日
由緒
当社は、大正十四年十一月十九日に高橋喜六氏(四日町)の氏神として鳥海神社境内に家内安全、五穀豊穣を祈願し建立された。
そして、大正十五年に鳥海神社から日居城野に遷座したのち、昭和七年に現在地に遷座された。
現在地に鎮座した当初は、神社周辺は畑地であったが、昭和二十六、七年に浅沢地区に町営住宅が建設され、徐々に発展していき昭和三十九年に地域住民が浅沢地区の神社としてお守りすることとなり、神社名も浅沢稲荷神社と改称し、現在も地域の守り神として崇敬を集めている。
-------------------- ≪掲載されている史跡名所≫ --------------------
[1] 鳥海神社『神社は明治初年の創立といわれています。御神体は・・・』
[2] 本館遺跡標柱『縄文晩期中頃の遺跡で、縄文土器や石器などが見つかって・・・』
[3] 坂本稲荷神社『昔、花巻の坂の下町(現坂本町)の高台に四日町広隆寺の末寺である・・・』
[4] 八幡寺跡『八幡寺は南部氏が和賀・稗貫・志和の三都を領地として安堵された時・・・』
[5] 八幡宮碑『小舟渡八幡宮のおこりは、康平 年間(一〇五八~一〇六五)に 源頼義が・・・』
[6] 浅沢稲荷神社『当社は、大正十四年十一月十九日に高橋喜六氏(四日町)の氏神として・・・』
[7] わが町昔と今『昭和13年頃この地域は、馬検場という建物があり、牛・馬のセリ等が・・・』
[8] 北上川河道の跡『江戸時代の中期以後、ここは北上川の河道であった。即ち川は・・・』
[9] 花巻城下町発祥の地『花巻の町づくりは、「内史略前五」(『岩手史叢第一巻』)に・・・』
[10] 奥州街道跡『江戸時代、ここを東海道等五街道の一つ、奥州街道(奥州道中)が通って・・・』
[11] イギリス海岸
[12] 北上川顕彰碑
[13] 銀河鉄道壁画