史跡名所案内-奥州街道跡
吹張町~坂下町・鍵町・一日市町・四日町

史跡名所案内
史跡名所案内

■■案内板■■ ≪奥州街道跡 吹張町~坂下町・鍵町・一日市町・四日町≫

【所在地: 坂本町3-7】

 江戸時代、ここを東海道等五街道の一つ、奥州街道(奥州道中)が通っていた。街道は、江戸(東京)から北上して陸奥国(むつのくに)(福島・宮城・岩手・青森の四県)を縦断し、津軽半島の三厩(みんまや)(青森県外ケ浜町)を経て、海路で松前(北海道松前町)に達する。表題の街道跡は、江戸から松前までの街道の一端を担っていたということになる。

 吹張町から、「く」の字の坂道を通る街道は、花巻市まなび学園(県立花巻南高校跡)体育館の敷地を通っていた。現在の堀割は、明治十九(一八八六)年、吹張町から一日市町まで新道(国道四号)として開削されたものである。街道の西側には稲荷神社(後の坂本稲荷神社)、南貞庵(なんていあん)、後には西光庵(広隆寺の末庵、明治の廃仏毀釈により廃寺)という庵があった。又、瑞興寺が花巻城の本丸から移転され、街道から参道が設けられた。

 鍵町(現坂本町)には、八幡・寺林通御代官所(他に豊沢町の裏町、大工町に代官所各一箇所)が置かれ、旅人は通行手形の有無等、厳しく取り調べられた。一日市町には、御仮屋(おかりや)があり、参勤交代時の松前藩主や八戸藩主の本陣が置かれていた。又、付近には、制札場(せいさつば)(禁じられていることを書いた札)が、四日町には検断(けんだん)(警察)が置かれていた。城郭の周辺十三箇所には木戸(きど)が置かれ、番人が警備上毎夜六時には閉鎖し、旅人の通行を規制した。

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-------------------- ≪掲載されている史跡名所≫ --------------------

[1] 鳥海神社『神社は明治初年の創立といわれています。御神体は・・・』

[2] 本館遺跡標柱『縄文晩期中頃の遺跡で、縄文土器や石器などが見つかって・・・』

[3] 坂本稲荷神社『昔、花巻の坂の下町(現坂本町)の高台に四日町広隆寺の末寺である・・・』

[4] 八幡寺跡『八幡寺は南部氏が和賀・稗貫・志和の三都を領地として安堵された時・・・』

[5] 八幡宮碑『小舟渡八幡宮のおこりは、康平 年間(一〇五八~一〇六五)に 源頼義が・・・』

[6] 浅沢稲荷神社『当社は、大正十四年十一月十九日に高橋喜六氏(四日町)の氏神として・・・』

[7] わが町昔と今『昭和13年頃この地域は、馬検場という建物があり、牛・馬のセリ等が・・・』

[8] 北上川河道の跡『江戸時代の中期以後、ここは北上川の河道であった。即ち川は・・・』

[9] 花巻城下町発祥の地『花巻の町づくりは、「内史略前五」(『岩手史叢第一巻』)に・・・』

[10] 奥州街道跡『江戸時代、ここを東海道等五街道の一つ、奥州街道(奥州道中)が通って・・・』

[11] イギリス海岸

[12] 北上川顕彰碑

[13] 銀河鉄道壁画