■■案内板■■ ≪坂本稲荷神社由緒≫
【所在地:花城町1】
昔、花巻の坂の下町(現坂本町)の高台に四日町広隆寺の末寺である南貞庵という庵寺があった。
ここの庵主が境内に稲荷大明神を勧請したいとの願いと一日市、坂の下町、鍵町の人達からも申し出があったので、その方面の許可を得て元文二年(一七三七年)に稲荷堂が建立された。しかし明治十八年(一八八五年)に新しい道ができたことにより南貞庵の境内は分割され稲荷堂は二ヶ所に分かれて安置されたのであった。
しかし色々な事情によって吹張町に遷宮されていた。稲荷神社の御神体を平成十一年三月に坂本町の神社に遷宮されてこの地域の発展と近隣の人達から信仰されている。
一 祭神 豊受姫尊
一 祭日 毎年九月六日・七日
-------------------- ≪掲載されている史跡名所≫ --------------------
- [1] 鳥海神社『神社は明治初年の創立といわれています。御神体は・・・』
- [2] 本館遺跡標柱『縄文晩期中頃の遺跡で、縄文土器や石器などが見つかって・・・』
- [3] 坂本稲荷神社『昔、花巻の坂の下町(現坂本町)の高台に四日町広隆寺の末寺である・・・』
- [4] 八幡寺跡『八幡寺は南部氏が和賀・稗貫・志和の三都を領地として安堵された時・・・』
- [5] 八幡宮碑『小舟渡八幡宮のおこりは、康平 年間(一〇五八~一〇六五)に 源頼義が・・・』
- [6] 浅沢稲荷神社『当社は、大正十四年十一月十九日に高橋喜六氏(四日町)の氏神として・・・』
- [7] わが町昔と今『昭和13年頃この地域は、馬検場という建物があり、牛・馬のセリ等が・・・』
- [8] 北上川河道の跡『江戸時代の中期以後、ここは北上川の河道であった。即ち川は・・・』
- [9] 花巻城下町発祥の地『花巻の町づくりは、「内史略前五」(『岩手史叢第一巻』)に・・・』
- [10] 奥州街道跡『江戸時代、ここを東海道等五街道の一つ、奥州街道(奥州道中)が通って・・・』
- [11] イギリス海岸
- [12] 北上川顕彰碑
- [13] 銀河鉄道壁画